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松山地方裁判所 昭和33年(行)3号 判決

原告 高橋伴次郎

被告 愛媛県温泉郡石井村長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は「被告は、石井村の一般会計中より誤つて歳入とした信託財産金三千五十九万一千六百九十六円及び内金五万三千六百四十円に対する昭和二十四年四月二十一日より、内金一万六千八百九十六円に対する昭和二十五年三月十八日より、内金五十三万六千四百円に対する昭和二十七年四月十一日より、内金九十一万一千八百八十円に対する昭和二十八年十月三日より、内金百三十四万一千円に対する昭和二十九年十月十二日より、内金二十四万一千三百八十円に対する昭和三十年六月十六日より、内金百二十七万三千九百五十円に対する同年十二月二十九日より、内金十三万四千百円に対する昭和三十二年六月二十四日より、内金百三十四万一千円に対する昭和三十三年五月二十六日より、内金百七万二千八百円に対する同年七月十九日より、内金二十六万八千二百円に対する同年九月六日より、内金三百二十八万五千四百五十円に対する同年十月五日より、内金六百七十万五千円に対する昭和三十四年三月三十一日より、内金六百七十万五千円に対する同年十月七日より、内金五百三十六万四千円に対する昭和三十五年一月十二日より、内金二十七万六千七百七十六円に対する同年三月二十二日より、内金百六万四千二百二十四円に対する同年四月八日よりそれぞれ損害補填に至る迄の間の年五分の割合による金員を支出し、信託財産の損害を補填せよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として、別紙目録記載の山林は別紙共有者名簿記載のとおり愛媛県温泉郡小野村大字小屋峠外二十五部落が共有していたものであるが、石井村大字南土居、同北土居、同今在家、同星岡、同越智、同東石井、同西石井の七部落は大正元年十二月二十六日石井村に対しその持分を信託譲渡し、同村をして右七部落に代つて他の共有者と共に右山林の造林、立木の売却等の管理をなさしめることゝしたところ、同村はその頃他の共有者からその持分の信託譲渡を受けた温泉郡小野村等と共に一部事務組合を設立し、同組合にその山林の管理を委任し、爾来同組合からその持分に応じて右山林の管理によつて生じた収益金の分配を受けている。右収益金は信託財産の管理によつて得た財産であるから信託財産に属するものであり、且つ金銭であるから大正十一年十二月二十九日勅令第五百十九号有価証券の信託財産表示及び信託財産に属する金銭の管理に関する件の第五条により郵便貯金又は銀行預金等としてこれを管理すべきものであるにも拘らず、被告はこれを石井村の固有財産による収益と誤認し、別表記載のとおり収入役に命じてこれを石井村の一般会計中に繰入れて村有の公金としているが、被告の右行為は地方自治法第二百四十三条の二に所謂財産の違法な処分に該当するので、原告は昭和三十二年十月十日同条第一項の規定により石井村の監査委員に対し監査請求をしたが、同村監査委員はこれに対し何等の措置をも講じない。そこで石井村の住民である原告は同条第四項、昭和二十三年十月二十一日附最高裁判所規則第二十八号に準拠して本訴に及ぶと述べ、なお、石井村は被告の右行為により未だ何等の損害をも受けていないが、現状をこのまゝ放置するときは、受託者としての石井村の任務が終了した場合その住民の納税により信託財産を受益者に返還しなければならなくなるので、その際住民の負担すべき損害の発生を防止する意味で原告は本訴請求に及んだものであると附陳した。(立証省略)

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、別紙目録記載の山林が別紙共有者名簿記載のとおり愛媛県温泉郡小野村大字小屋峠外二十五部落の共有していたものである事実は認めるが、石井村大字南土居、同北土居、同今在家、同星岡、同越智、同東石井、同西石井の七部落が大正元年十二月二十六日石井村に対しその持分を信託譲渡し、同村をして右七部落に代つて他の共有者と共に右山林の造林、立木の売却等の管理をなさしめることゝした事実は否認する。尤も右七部落が右の日に石井村に別紙目録記載の山林の持分を譲渡した事実はあるが、その譲渡は原告主張の如き信託譲渡ではない、石井村がその後温泉郡小野村等と共に一部事務組合を設立し、同組合にその山林の管理を委任し、爾来同組合からその持分に応じて右山林の管理によつて生じた収益金の分配を受けている事実は認めるが、右収益金が原告主張の如く石井村の一般会計中に繰入れられ村有の公金とせられたか否かは知らない、仮にその事実があるとしても、それは石井村議会がその独立固有の権限に基いてなしたもので被告がなしたものではない、原告がその主張の如く昭和三十二年十月十日石井村監査委員に対し監査請求をしたが、同村監査委員がこれに対し何等の措置をも講じなかつた事実は認めると述べた。(立証省略)

理由

本訴請求が地方自治法第二百四十三条の二第四項に所謂職員の行為の制限、禁止、取消、無効若しくはその行為に伴う普通地方公共団体の損害の補填に関する裁判のいずれを求めるものであるかについて以下考察する。

先ず、本訴請求が地方自治法第二百四十三条の二第四項に所謂職員の行為の制限、禁止に関する裁判を求めるものであるか否かについて考えてみるに、本訴請求の趣旨の内容自体と、同条項に所謂制限、禁止に関する裁判を求める訴は、専ら右同条所定の職員が将になそうとしている行為を対象とするものであるに対して、原告が本訴において地方自治法第二百四十三条の二に所謂財産の違法な処分に該当する旨主張する被告の行為は、原告主張の信託財産である山林の収益金を被告が過去において村有の公金として同村の一般会計に繰入れた行為である点から看て、本訴請求は右に所謂制限、禁止に関する裁判を求めるものとは到底考えられない。

次に、本訴請求が地方自治法第二百四十三条の二第四項に所謂職員の行為の取消、無効に関する裁判を求めるものであるか否かについて考えてみるに、右に所謂取消、無効に関する裁判を求める訴の提起にあたつては、当該無効確認乃至は取消の対象となる行為を特定し、その無効乃至取消原因について明確に主張した上、当該行為をした同条所定の職員の外、その裁判の結果に直接具体的な利害関係を有する地方公共団体をも共同被告として、その行為の無効確認乃至は取消を求めるべきであるのに、本訴が左様な態様をとつていない点から看て、本訴請求は右に所謂取消、無効に関する裁判を求めるものでもないと看るべきである。

然らば、本訴請求は地方自治法第二百四十三条の二第四項に所謂職員の行為に伴う普通地方公共団体の損害の補填に関する裁判を求めるものであるかというに、右に所謂損害の補填に関する裁判を求める請求は、地方自治法第二百四十三条の二所定の職員の違法行為に因つて普通地方公共団体に損害が生じ、その職員たる個人が当該団体に対し実体法上損害補填の責任を負う場合に、当該団体の住民が、その団体に代つて、その職員たる個人を被告として、当該団体に対する損害の補填を請求する訴であると解すべきところ、原告は本訴において、石井村の機関である「石井村長今村高義」を被告としており、その請求の趣旨においても、被告に対し、石井村の一般会計より金員を支出すべき旨の行政上の積極的作為をも併せ求めており、且つ普通地方公共団体ではない「信託財産」に対しその損害の補填を求めているのみならず、普通地方公共団体たる石井村は被告の行為によつて未だ何等の経済的損害をも受けていないことを自認しながら、敢て請求の趣旨どおりの裁判を求めていることから看て、本訴請求は前同条に所謂損害の補填に関する裁判を求めるものであると看ることもできない。

右次第であるから、結局本訴請求は地方自治法第二百四十三条の二第四項に所謂職員の行為の制限、禁止、取消、無効若しくはその行為に伴う損害の補填に関する裁判のいずれを求めるものでもなく、特異な裁判を求めるものと看る外はないが、右の各裁判以外の裁判を求めることは地方自治法第二百四十三条の二の許容するところではないと解すべきであり、なお、他に原告主張の如き事実の存する時その主張の如き特異な請求を許す法律上の根拠も見出し難い。

そうすると、本訴請求は原告主張事実の存否について判断をなす迄もなく、失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟特例法第一条、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 矢島好信 谷本益繁 阿蘇成人)

(別紙目録・共有者名簿・別表省略)

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